医会の紹介

会長挨拶

静岡県眼科医会ホームページへようこそ。

静岡県眼科医会は1952年(昭和27年)に組織された団体で、平成26年8月31日現在、288名の会員で構成され、日常の眼科診療の充実だけではなく、地域医療や公衆衛生活動への貢献、会員倫理の高揚、会員福祉や会員相互の親睦を図ることを目的としています。 このホームページは県民の皆様に眼の健康に関する情報や講演会などの情報を提供するとともに、本会会員に向けて眼科医療に関する最新情報を提供することや相互理解を深めることを目的に立ち上げられました。

常に最新の情報が提供できるように更新に努めてまいりますが、このホームページが皆様のお役に立つことを願っています。

静岡県眼科医会会長
飯田文人

会の歴史

静岡県眼科医会誌創刊号(30周年記念)によれば、昭和27年10月第一回眼科集談会と総会が開かれ、初代会長に「静岡の雨宮」と名高かった雨宮二郎先生が就任されました。昭和44年雨宮二郎先生が御病気のため会長辞任後、小川昌之先生の御尊父小川博先生が2代目会長に就任されました。
昭和38年10月の遠州眼科懇談会後に中安周平先生を中心として遠州眼科医会が発足し、翌昭和39年沼津に於いて本田傳先生を中心として東部眼科医会懇談会、後の東部眼科医会が発足しました。一方、中部に於いては昭和46年1月より臨床茶話会が発足し、現在も中部茶話会として活動しています。小川博先生は日本眼科医会監事として本部とのパイプ役となり、10年間会長を務められ、昭和53年市川健三先生に会長職をバトンタッチされました。
3代目会長の市川健三先生は平成2年11月23日に急逝されるまで、静岡県視覚障害者福祉推進協議会会長、静岡県アイバンク理事長、日本眼科医会監事などの重職を兼任され、現在ある静岡県眼科医会の骨格を築き上げられた大功労者と言っても過言ではありません。
市川先生の後を継がれたのが4代目の小川昌之先生で、5期10年の長期にわたって会長として、会の勢いを落とすこと無く、会員をリードしていただきました。

平成12年4月より5代目会長となられた中村好邦先生は、この時期、眼科医会勤務医会員が増加したため勤務医部会を立ち上げ、全会員の会費の自動振込み、i-FAXによる情報の伝達など会の運営基盤をつくられました。

平成16年4月より6代目会長となられた石川靖彦先生は高度情報化、IT化の時代に対応すべく、ご自身の医院内に静岡県眼科医会事務局を立ち上げ、これを機に眼科医会専属の事務職員を雇うことになりました。

平成20年4月より7代目会長として3期6年間務められた柳田和夫先生は、メーリングリストによる情報の伝達、ホームページの開設、運営に尽力されました。
アイバンク眼球摘出活動が評価され、静岡県眼科医会が平成22年には今泉賞を、平成23年には日本眼科医会会長賞を受賞しました。
平成26年4月より飯田文人先生が8代目会長に就任し、静岡県医師会館内に小児科、外科と合同で事務室を借り、静岡県眼科医会事務局が開設されました。

役員の紹介

名誉会長 中村 好邦 石川 靖彦
会長 飯田 文人
副会長 花崎 秀敏(東部) 永田 豊文(西部) 川村 洋行(中部) 太田 俊彦(勤務医)
理事 東部
木村 裕子 小森 雅彦  齋藤 憲  渡辺 千恵美 山秋 久 増田 光司(勤務医)
中部
高良 俊武 高良 由紀子 松久 充子 羅 錦營 渡部 大介(勤務医)
西部
青沼 秀実 片山 由佳里 兼子 周一 小林 和正 藤田 昌弘 尾花 明(勤務医)
佐藤 美保(浜松医)
監事 矢田 清身 柳田 和夫
総会議長 矢田 浩二
副議長 湯口 琢磨
裁定委員 青島 周明 安達 禎男 石川 靖彦 桑名 祐一郎 中村 好邦
顧問 石川 靖彦 海谷 忠良 兼子 喜男 鈴木 稔 堀田 喜裕
代議員 飯田 文人 永田 豊文 花崎 秀敏
予備代議員 太田 俊彦 川村 洋行 藤田 昌弘